第一章初等整数論 §2最大公約數,最小公倍數(前編)

前回は整除法について確認しました.整数 aと正整数 bに対して,

 a=bq+r,~0\leqq r\lt b

を満たす整数 q,rが一意に定まります. r\gt 0のとき, rを最小正剰余というのでした.また,

 a=bq+r,~|r|\leqq\dfrac b2

を満たす整数 q,rが存在します*1.このときの rを絶対的最小剰余というのでした.

 

では読んでいきましょう.

1. 二ツ以上ノ整數 a,b,...ニ共通ナル倍數(例ヘバ積 ab...ナド)ヲソレラノ整數ノ公倍數トイフ.

お馴染みの公倍数の定義が述べられています.

§1では 0の倍数についてのみ定義していませんでしたから,ここでの a,b,... 0でない整数ということなのでしょう*2

また,無限個の整数の組に 0でない共通の倍数が必ず存在すると言い切るにはちょっと怖いので,有限個の整数の組だと解釈しておきます.つまり,次のようになります.

 nを2以上の整数とする. n個の 0でない整数の組 a_1,~a_2,~\dots,~a_nに,共通の倍数が存在する.これを公倍数という.

有限個からなる 0でない整数の任意の組について,公倍数は必ず存在します.例えば 0や, a_1a_2\cdots a_nがそうです.

 

 0ハ公倍數デハアルガ,ソレヲ除ケバ,公倍數ノ中ニ最モ小(絶對値ニ於テ)ナルモノガアル.ソレヲ最小公倍數トイフ.

 a_1,~a_2,~\dots,~a_nのいずれも 0でなかったので, a_1a_2\cdots a_n 0ではありません.したがって 0でない公倍数が少なくとも1つ存在します.公倍数のうち絶対値が最小のものを最小公倍数という,ということです.

それだと 4 6の最小公倍数は \pm 12ってことになりますね.まじか!近くに具体例がないので,不安に駆られます.辞典の類を確認してみます.

手元の「数学小辞典 第2版」には「二つ以上の数の公倍数のうちで最も小さいもののこと.」(負の数や 0が考慮されていない)とあります.

また手元の「岩波数学辞典 第4版」には「いくつかの,どれかは 0ではない整数 a_1,~a_2,~\dots,~a_nの共通な約数を公約数,共通な倍数を公倍数という.…正の公倍数のうちで最小のものを最小公倍数という.」(そもそも 0の倍数が定義されていない)とあります.この「最小の正整数」の方が馴染みがあります.

この最小公倍数の定義の差異についてはちょっとチェックしておくことにしましょう.

 

二ツ以上ノ整數 a,b,...ニ共通ナル約數(例ヘバ 1ナド)ヲソレラノ整數ノ公約數トイフ.

お馴染みの公約数の定義です.約数の定義によれば, 0の約数は 0以外のすべての整数なので,今回は a,b,...として 0も許されます.

また,ここでも一応有限個の整数の組ということにしておきましょう.つまり,

 nを2以上の整数とする. n個の 0でない整数の組 a_1,~a_2,~\dots,~a_nに,共通の約数が存在する.これを公約数という.

 1(と -1)は任意の整数の約数なので,有限個からなる整数の任意の組について公約数は存在します.

 

公約數ハ絶對値ニ於テ a,b,...ヨリモ大ナルコトヲ得ナイカラ( a,b,...ガスベテ 0ナル場合ヲ除ケバ),ソノ中ニ最モ大ナルモノガアル.ソレヲ最大公約數トイフ.

定理1.1の前に「 |a|\lt |b| a bの約数であるときは, a=0.」というものがありました. a bの約数であるとき,この対偶をとると,

 a\neq 0ならば, |a|\geqq|b|である.

となります.だから, a 0でないとき, aの約数の絶対値は |a|以下です.よって a_1,~a_2,~\dots,~a_nがいずれも 0でないとき,これらの公約数の絶対値は \min\{|a_1|,~|a_2|,~\dots,~|a_n|\}以下です.

公約数の数は有限個であることからこの中に最大値が存在します.これが最大公約数です.こちらは最小公倍数とは違って,正のもののみを指しているように読めます.

 a_1,~a_2,~\dots,~a_n 0 0でない整数も含まれているときは, 0でない整数のみをとってきます.このような整数が2つ以上あるときは,これらの最大公約数を求めれば,任意の整数は 0の約数なので,それが a_1,~a_2,~\dots,~a_nの最大公約数ということになります.1つしかないときは,その数の絶対値が最大公約数です.

 a_1,~a_2,~\dots,~a_nがすべて 0のときは,任意の整数が 0の約数であることから最大公約数は存在しません.

 

本節デハ最大公約數及ビ最小公倍數ニ關スル基本的ノ定理ヲ述ベル.

節のタイトルにありますもんね.

 

事實トシテハ周知デアラウガ,往々無證明デ受ケ入レラレテヰルヤウデモアルカラ,コノ際反省ヲシテ見ルノモ無用デハアルマイ.

「反省」とは普通の捉え方を振り返って,それでよいか考えることです.

 a_1,~a_2,~\dots,~a_nの最大公約数は, a_1,~a_2,~\dots,~a_n素因数分解して,その指数部分の最小値を見ればよい,というような考え方は,中学・高校では証明なしで扱われているように思えます*3.こういうのもきちんと証明してみようというのです.

 

理論上デハ,最小公倍數ヲ先ニスル方ガ簡明デアル.

ほほう.

 

[定理1.3] 二ツ以上ノ整數ノ公倍數ハ最小公倍數ノ倍數デアル.

たとえば, 4,6の最小公倍数は \pm 12ですが,公倍数 \dots,{-36},-24,-12,0,12,24,36,\dotsはすべて 12の倍数であるというのです.なんか当たり前だと思うのですが,なぜ当たり前かと言われると,素因数分解の一意性を根拠にしている気がします.

「最小公倍数」と言っているので,ここでの「2つ以上の整数」というのは「2つ以上有限個の,0でない整数」ということだと解釈します.

 

[證]  a,b,c,...ノ最小公倍數ヲ lトシ (l\gt 0) mヲ任意ノ公倍數トスル.

必要なものを文字で置いていきます. l\gt 0という文言が見えますね.やはり,最小公倍数は正負どちらも入るので,ここでは正のものをとってきている,という解釈が正しいのでしょう.

ともかく,ここから m lの倍数であることを証明すればよいです.

 

サテ

(定理1.2)

 m=ql+r,\quad 0\leqq r\lt l

トスレバ

 r=m-ql

デ, m l aノ倍數デアルカラ, r aノ倍數デアル(定理1.1).

定理1.2というのは整除法のことで, aは任意, b\gt 0ならば, a=bq+r,0\leqq r\lt bとなる q,rがただ一組存在する,というものです.

 r=0なら m lの倍数であることが言えるので,一歩前進した感じがします.

また定理1.1というのは, a_1,~a_2,~\dots,~a_n bの倍数ならば, a_1x_1+a_2x_2+\dots+a_nx_n bの倍数であるというものです.今回は, n=2 a_1=m,a_2=l x_1=1,x_2=-qの場合ということです.

 

同様ニ r b,c,...ノ倍數デアル.

上の議論は aに限らず, bでも cでも成り立ちます.

 

即チ r a,b,c,...ノ公倍數デアル.

まさに公倍数の定義に従っています.

 

 l a,b,c...ノ公倍數ノ中デ, 0ヲ除イテ最小絶對値ノモノデ, r\lt lデアルカラ, r=0.即チ m=ql

ここで最小公倍数の「最小である」という性質を使うのですね. lが正の最小公倍数のとき, 0\lt r\lt lの範囲に公倍数はありません.うまいなあ.

これで素因数分解の一意性に依拠せずに,「公倍数は最小公倍数の倍数である」ことが示されました.

 

[定理1.4] 二ツ以上ノ整數ノ公約數ハ最大公約數ノ約數デアル.

例えば 36,48の最大公約数は 12ですが,他の公約数 -12,-6,-4,-3,-2,-1,1,2,3,4,6,12はすべて 12の約数となっています.これがどんな場合にも成り立つと主張しています.

ここでも,「2つ以上の有限個の整数で,すべて 0ということはない」と解釈しておきます.

 

 a,b,c,...ノ最大公約數ヲ mトシ, dヲ任意ノ公約數トスル.

必要なものを文字で置いていきます.こちらには m\gt 0の文言はありません. mは正の数であることは定義に従うからです.

 

然ラバ d mノ約數デアルトイフノハ, m dトノ最小公倍數ガ mデアルトイフニ同ジイ.

「同じい」は現代では「同じだ」と言い換えられてしまうことが多い言葉です.

 d mの約数であるということは, m dの(正の)最小公倍数が mに一致するということと同値である,ということですね.

いちおう,説明してみます. d mの約数のとき, m=dqとなる qが存在します. d dqの正の最小公倍数は dqで,これは mに等しいです.

逆に mdの最小公倍数が mのとき, m dの倍数であり,これは d mの約数であることと同じ意味です.

最小公倍数の話に持っていこうとしているみたいですね.

 

 l m dトノ最小公倍數トスル.

 m d 0でない( 0は約数にならない)ので,最小公倍数が存在します.これを lとおいて, l=mを示そうというのでしょう.

 

サテ假定ニ由テ a mノ倍數デアリ又 dノ倍數デアルカラ, a m,dノ公倍數,従テ lノ倍數デアル.(定理1.3).

 m,dの公倍数 aは最小公倍数 lの倍数であることは,先程示した[定理1.3]によっています.

 

同様ニ b,c,... lノ倍數デアル.

 aに限らず, b,cでも同様の議論ができますから,その通りです.

 

故ニ l a,b,c,...ノ公約数デアル.

まさに公約数の定義です.

 

故に l\leqq m

 mは公約数のうち最大のものだったので, l\leqq mです.

 

然ルニ l mノ倍数デアルカラ l\geqq m,故ニ l=m

「然るに」は「それにもかかわらず」という意味の言葉です.

 m dの最小公倍数を lとしたので, l mの倍数です.

 l\leqq mかつ l\geqq mなので, l=mが言えたわけですが,狐につままれた気持ちです.ともかくこれで公約数の方も,素因数分解の一意性によらずに証明することが出来ました.

*1: bが偶数で, a \dfrac b2の奇数倍のときは一意でないが,それ以外の場合は一意.

*2: 0の倍数は 0のみであると定めれば矛盾なく定義できると思うが,最小公倍数は存在しなくなる.

*3:素因数分解ができるのか,できたとして一意なのか,というところが怪しい(らしい).