前回は整除法について確認しました.整数と正整数に対して,
を満たす整数が一意に定まります.のとき,を最小正剰余というのでした.また,
を満たす整数が存在します*1.このときのを絶対的最小剰余というのでした.
では読んでいきましょう.
1. 二ツ以上ノ整數ニ共通ナル倍數(例ヘバ積ナド)ヲソレラノ整數ノ公倍數トイフ.
お馴染みの公倍数の定義が述べられています.
§1ではの倍数についてのみ定義していませんでしたから,ここでのはでない整数ということなのでしょう*2.
また,無限個の整数の組にでない共通の倍数が必ず存在すると言い切るにはちょっと怖いので,有限個の整数の組だと解釈しておきます.つまり,次のようになります.
を2以上の整数とする.個のでない整数の組に,共通の倍数が存在する.これを公倍数という.
有限個からなるでない整数の任意の組について,公倍数は必ず存在します.例えばや,がそうです.
ハ公倍數デハアルガ,ソレヲ除ケバ,公倍數ノ中ニ最モ小(絶對値ニ於テ)ナルモノガアル.ソレヲ最小公倍數トイフ.
のいずれもでなかったので,はではありません.したがってでない公倍数が少なくとも1つ存在します.公倍数のうち絶対値が最小のものを最小公倍数という,ということです.
それだととの最小公倍数はってことになりますね.まじか!近くに具体例がないので,不安に駆られます.辞典の類を確認してみます.
手元の「数学小辞典 第2版」には「二つ以上の数の公倍数のうちで最も小さいもののこと.」(負の数やが考慮されていない)とあります.
また手元の「岩波数学辞典 第4版」には「いくつかの,どれかはではない整数の共通な約数を公約数,共通な倍数を公倍数という.…正の公倍数のうちで最小のものを最小公倍数という.」(そもそもの倍数が定義されていない)とあります.この「最小の正整数」の方が馴染みがあります.
この最小公倍数の定義の差異についてはちょっとチェックしておくことにしましょう.
二ツ以上ノ整數ニ共通ナル約數(例ヘバナド)ヲソレラノ整數ノ公約數トイフ.
お馴染みの公約数の定義です.約数の定義によれば,の約数は以外のすべての整数なので,今回はとしても許されます.
また,ここでも一応有限個の整数の組ということにしておきましょう.つまり,
を2以上の整数とする.個のでない整数の組に,共通の約数が存在する.これを公約数という.
(と)は任意の整数の約数なので,有限個からなる整数の任意の組について公約数は存在します.
公約數ハ絶對値ニ於テヨリモ大ナルコトヲ得ナイカラ(ガスベテナル場合ヲ除ケバ),ソノ中ニ最モ大ナルモノガアル.ソレヲ最大公約數トイフ.
定理1.1の前に「でがの約数であるときは,.」というものがありました.がの約数であるとき,この対偶をとると,
ならば,である.
となります.だから,がでないとき,の約数の絶対値は以下です.よってがいずれもでないとき,これらの公約数の絶対値は以下です.
公約数の数は有限個であることからこの中に最大値が存在します.これが最大公約数です.こちらは最小公倍数とは違って,正のもののみを指しているように読めます.
にもでない整数も含まれているときは,でない整数のみをとってきます.このような整数が2つ以上あるときは,これらの最大公約数を求めれば,任意の整数はの約数なので,それがの最大公約数ということになります.1つしかないときは,その数の絶対値が最大公約数です.
がすべてのときは,任意の整数がの約数であることから最大公約数は存在しません.
本節デハ最大公約數及ビ最小公倍數ニ關スル基本的ノ定理ヲ述ベル.
節のタイトルにありますもんね.
事實トシテハ周知デアラウガ,往々無證明デ受ケ入レラレテヰルヤウデモアルカラ,コノ際反省ヲシテ見ルノモ無用デハアルマイ.
「反省」とは普通の捉え方を振り返って,それでよいか考えることです.
の最大公約数は,を素因数分解して,その指数部分の最小値を見ればよい,というような考え方は,中学・高校では証明なしで扱われているように思えます*3.こういうのもきちんと証明してみようというのです.
理論上デハ,最小公倍數ヲ先ニスル方ガ簡明デアル.
ほほう.
[定理1.3] 二ツ以上ノ整數ノ公倍數ハ最小公倍數ノ倍數デアル.
たとえば,の最小公倍数はですが,公倍数はすべての倍数であるというのです.なんか当たり前だと思うのですが,なぜ当たり前かと言われると,素因数分解の一意性を根拠にしている気がします.
「最小公倍数」と言っているので,ここでの「2つ以上の整数」というのは「2つ以上有限個の,0でない整数」ということだと解釈します.
[證] ノ最小公倍數ヲトシ,ヲ任意ノ公倍數トスル.
必要なものを文字で置いていきます.という文言が見えますね.やはり,最小公倍数は正負どちらも入るので,ここでは正のものをとってきている,という解釈が正しいのでしょう.
ともかく,ここからがの倍数であることを証明すればよいです.
サテ
(定理1.2)
トスレバ
デ,モモノ倍數デアルカラ,ハノ倍數デアル(定理1.1).
定理1.2というのは整除法のことで,は任意,ならば,となるがただ一組存在する,というものです.
ならがの倍数であることが言えるので,一歩前進した感じがします.
また定理1.1というのは,がの倍数ならば,はの倍数であるというものです.今回は,,,の場合ということです.
同様ニハノ倍數デアル.
上の議論はに限らず,でもでも成り立ちます.
即チハノ公倍數デアル.
まさに公倍数の定義に従っています.
ハノ公倍數ノ中デ,ヲ除イテ最小絶對値ノモノデ,デアルカラ,.即チ.
ここで最小公倍数の「最小である」という性質を使うのですね.が正の最小公倍数のとき,の範囲に公倍数はありません.うまいなあ.
これで素因数分解の一意性に依拠せずに,「公倍数は最小公倍数の倍数である」ことが示されました.
[定理1.4] 二ツ以上ノ整數ノ公約數ハ最大公約數ノ約數デアル.
例えばの最大公約数はですが,他の公約数はすべての約数となっています.これがどんな場合にも成り立つと主張しています.
ここでも,「2つ以上の有限個の整数で,すべてということはない」と解釈しておきます.
ノ最大公約數ヲトシ,ヲ任意ノ公約數トスル.
必要なものを文字で置いていきます.こちらにはの文言はありません.は正の数であることは定義に従うからです.
然ラバガノ約數デアルトイフノハ,トトノ最小公倍數ガデアルトイフニ同ジイ.
「同じい」は現代では「同じだ」と言い換えられてしまうことが多い言葉です.
がの約数であるということは,との(正の)最小公倍数がに一致するということと同値である,ということですね.
いちおう,説明してみます.がの約数のとき,となるが存在します.との正の最小公倍数はで,これはに等しいです.
逆にとの最小公倍数がのとき,はの倍数であり,これははの約数であることと同じ意味です.
最小公倍数の話に持っていこうとしているみたいですね.
今ヲトトノ最小公倍數トスル.
ももでない(は約数にならない)ので,最小公倍数が存在します.これをとおいて,を示そうというのでしょう.
サテ假定ニ由テハノ倍數デアリ又ノ倍數デアルカラ,ハノ公倍數,従テノ倍數デアル.(定理1.3).
の公倍数は最小公倍数の倍数であることは,先程示した[定理1.3]によっています.
同様ニモノ倍數デアル.
に限らず,でも同様の議論ができますから,その通りです.
故ニハノ公約数デアル.
まさに公約数の定義です.
故に.
は公約数のうち最大のものだったので,です.
然ルニハノ倍数デアルカラ,故ニ.
「然るに」は「それにもかかわらず」という意味の言葉です.
との最小公倍数をとしたので,はの倍数です.
かつなので,が言えたわけですが,狐につままれた気持ちです.ともかくこれで公約数の方も,素因数分解の一意性によらずに証明することが出来ました.