高木貞治『初等整數論講義』を読んでみる

先日,表題の数学書を入手しました.

1931年(昭和6年)に共立社から発行された歴史的な数学書で,現在は共立出版によってより読みやすくなった第2版が出版されています.

これを敢えて初版で読んでみようと思ったのです.

理由はいろいろありますが,一番の理由は,著作権が切れていて,本に書いてある文を引用しまくっても問題なさそうだったからです.

私は数学科出身ではなく,数学的な知識は高校生と同程度です*1.同程度の知識の方,一緒に読んでみませんか?

また読み方が粗かったり変なところがあるかもしれません.そういう時はぜひぜひご指摘いただきたく存じます.

 

なお,ゆっくり読み進めるつもりでありますので,もっと先が知りたいという方はLine Segmentという方が公開されているWebページをご覧ください.

 

ではさっそく,「序言」から.

本書はさきに發表した代數學講義の姉妹篇である.

wikipediaによれば,どうやら前年の1930年に代数学講義を出版しているようです.序文を見るに,東京帝国大学の初級生向けに書かれた本であるようです.初級生向けならなんとかなるかも,と思わせてくれます.

同書の一部分を別冊とする機會に於て,若干豫定以外の材料を追加して,當初計畫せる代數學講義第二巻を改稱して,獨立の初等整數論講義としたのである.

分かってはいたものの,旧字体を打ち込むのは面倒です.でも新字体にすると第2版とほぼ同じになってしまうし,「予定」の「予」が「前もって」という意味の「豫」になっているのも趣があるので,がんばって打ち込みます.

それはともかく,当初計画していたのは代数学講義の二巻だったので,代数学講義を読んでないとマズイということ?大丈夫かな.わざわざ名前を変えてるくらいなんだから初等整数論講義だけでも読める…はず!

本書の第一章は假に題して初等整數論といふ.

整数は分かる.初等とは?

固より初等整數論,高等整數論の間に劃然たる境界が存在するのではないが,ただ此處より先きは有理整數のみを考察の範圍として進行することが不適當であると思はれる所に到達して,そこを一段落としたのに過ぎない.

どこかで区切るとすれば,有理整数までで考えるのが適当である,と判断されたところで,そこまでを初等(第一章)とした,とのことです.

で,有理整数とは何ぞやということですが,Web検索すると「有理数の中で整数であるもの」と出てきます.普通の整数やんけ.

たぶん初等整数論が終わったあたりで「整数」の概念が拡張されるのでしょう.今まで分かってたと思っていた「整数」が,実は整数の一側面であったということになります.わくわくしてきたぞ.

第二章連分數論は因習的なる題目であるが,本書ではむしろそれを現代的の立場から考察して,いはゆる整數的近似法(Diophantische Approximation)の一班を紹介する.

整数的近似法というのは,ドイツ語の題目の通りディオファントス近似のことでしょう.とはいってもよく知らないので,それが第二章で理解されるということですね.連分数はペル方程式*2の解を求めるのに役立つと聞いたことがありますし,なんかいろいろなところに顔を出しそうです.

格子の幾何學がその基調である.

そうなんだ.格子点.

これは現今數學の各部局に於て應用せられる重要な方法である.

「これ」っていうのは,格子の幾何学を応用することなんでしょうか?それとも連分数のことなんでしょうか.うーん.

第三章では連分數論の應用として二元二次不定方程式を論ずる.二元二次不定方程式の解法は十八世紀數学の精華で,貴重なる古典と言はばならない.

おお,やはり連分数がペル方程式に繋がるっぽいです.しかし二元二次不定方程式が解決したのはずいぶん最近なんだなあ.ガウス*3がすごいんでしょうか.

「言はばならない」って聞いたことない言い回しです.「言わねばならない」ってことでしょうか?

類例を幾何學に求めるならば,即ち二次曲線論である,或はむしろ直に整數論的二次曲線論と言ふべきでもあらう.

幾何学とも関連あるみたいですね.じゃあ,さっきの「これ」ってのは,幾何学を数論に応用することなんでしょうか.

大学入試の勉強のときに,二元二次不定方程式を楕円型*4と双曲線型*5に分ける考え方があったと思うんですが,ここに発端があるのでしょうね.

以上の三章いづれも困習上舊式の代數書に附載せられる題目であるが,本書に於てはその傳統に追隨するのではなくて,却てそれらの問題を現代的に更生せしめることを主眼としたのである.

「困習」は「因習」の誤りでしょう.旧式の代数書にも載ってるけど,現代(1930年当時)的に書き改めるよ,ということらしいです.現代的というのが何を指すのかは分からないですが,おそらくヒルベルト*6に影響を受けているのでしょう.たぶんこのあたりは,数学とその歴史をもっと学ばないとよく分からないですね.

第四章及び第五章に於ては,二次の數體を例に取つて代數的整數論の端緒を述べて,イデヤル論の概念を紹介する.

二次の数体,代数的整数論,イデヤル論.なんかすごそう.小学生みたいな感想になりました.

代数的整数というのが整数を拡張した概念だと思うので,この辺りからもっと深くなっていくのでしょうね.イデヤルというのは,これのことでしょう.さっぱり妖精が踊っています.暗雲が立ち込めてきました.

假に二元二次不定方程式の解法を目標として,現代的の方法が古典的なる問題を輕快に解決することの實例を提供して,數學の不斷の進歩の經過を瞥見するよすがともしやうといふのである.

第三章までで苦労して解いた二元二次不定方程式を,第四章からは現代的にパッと解いてみせるよ!と書いてあるようにみえます.すごく楽しそうです.二元不定方程式を古典と現代の「よすが」とするというのがとてもいいですね.

別に附録の一章を置いて,二次體論の高等なる部分にも論及し,且つ二次體のイデヤルの類數の計算及び算術級數中の素數に關するヂリクレの定理の函數論的證明法を概説する.

本編は五章で終わりで,附録があります.

二次体のイデアルの類数の計算というのはちょっと分かりませんが,ディリクレの算術級数定理というのは,「獲得金メダル!国際数学オリンピック」という本に「この定理の証明は非常に難しく,ここでは述べられません.」に書いてあったので名前と定理の内容だけ頭に残っています.それがこの本を読み通すと理解できる(かもしれない)とは.俄然やる気が出てきます.

附録までをも入れて言へば,典型的であったヂリクレの整數論講義に述べられた材料だけは略々本書にも収録されてゐると信ずるのである.

略々(ほぼほぼ)は若者言葉であると,何かの本で読んだことがあります.しかし高木貞治も使っているではありませんか!これならもはや若者とは言えなくなった私が使用しても非難されるはずありますまい.

それはともかく,「ディリクレの整数論講義」というのは,共立出版の「ディリクレ・デデキント整数論講義」のことでしょう.本屋さんの数学コーナーででかでかと存在感を放っている,700ページにも及ぶ大著です.その「材料」がこの初等整数論講義500ページ(第2版は文字が小さくなって,400ページくらい)に収まっているということですね.

古典を愛好する讀者は本書の首三章の中から古典的整數論の概念を領得することが出来よう.

整数の概念も身についていない身には何が古典かも分からないです…

とりあえず,高校で学んだ整数はすべて古典のようですね.

若し又新を趁ふことに興味を有するならば,第一章から直に第四章,五章に移乗して,最後に第二,三章に遡るのも宜しからうと思ふ.

新を趁(お)ふ.新しいことを追い求める,みたいな意味でしょうかね.なるほど確かに三章までは古典的に二元二次不定方程式を解決するのが主だったので,新しい理論を学ぶにはそうするのがよいのでしょう.

ここでは最初から順番に読んでいく予定です.

整數論の方法は繊細である,小心である,その理想は玲瓏にして些の陰翳をも留めざる所にある.

締めに入りました.

代數學でも,函數論でも,又は幾何學でも,整數論的の試練を經て初めて精妙の境地に入るのである.

整数の試練を経ずに大学の勉強に入ってしまいました…….

ガウスが整數論を數学中の數学と觀じたる理由がここにある.

ガウスが「整数論は数学の女王である」と言った話のことでしょう.「この格言中の「女王」とは役に立たないもののこと」と言った奴は誰だ,出てこい.

若しも本書が初等整數論の練習帳として幾分でも使用に堪え得るならば,著者の欣幸である.

アマゾンのカスタマーレビューで星4.5の名著となっています!

理学士彌永昌吉君,同森島太郎君,同菅原正夫君は本書の第二,三,四校を引受けて多大なる援助を著者に與えてくれられた.

彌永昌吉氏.整数論の大家ですね.

茲に三君の行為に對して深厚なる謝意を表明する.(昭和六年二月)

よろしくお願いします.

*1:線形代数微積分は大学生の時に少しだけやった気がしますが,あまり覚えていません.

*2: x^2-Dy^2=1の形の方程式.

*3:1777年生まれの数学者.数論にめちゃくちゃ貢献したらしい.

*4:判別式で範囲を絞るやつ.

*5:有理数の範囲で因数分解できるやつ.

*6:高木貞治が師事した数学者.「現代数学の父」と呼ばれているらしい.